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2009年5月9日土曜日

デッサウ(8月24,25日)


バウハウスです。
デッサウはヴァイマールとはかなり雰囲気の違う町でした。旧東ドイツ臭の漂う町と言えばおわかりいただけるでしょうか。といっても格段雰囲気が悪いというわけではありません。駅前なども整備されきれいになっていました。






バウハウスデッサウ校内にある当時の学生寮です。
今回はここに泊まることができました。日本人の感覚からすると部屋がかなり広く感じられました。
調度品などのデザインは洗練されていてとても美しいのですが、一人部屋にいると殺風景で冷たい感じがして寂しくなってきます。
いわゆるモダニズム建築で見落とされた一つの欠点でしょうか。








バウハウスの教授たちが住んだマイスターハウス。
バウハウス校舎から歩いて10~15分くらいです。写真に見られるように、周りは木々に囲まれていて、そこにいるだけで気分がリフレッシュするような土地に建てられていました。
こんな所に住んで創作活動ができたら最高です。

マイスターハウスは内装の色の使い方が素晴らしかったです。とても勉強になりました。

ヴァイマール(8月23日)


今回のワークショプで回った町の中で、ヴァイマールはデッサウの次ぐらいに小さな町でしたが、歴史と文化と伝統が感じられるとてもいい町でした。
今回の旅で訪れたのは、ゲーテとシラーの銅像が建つ国民劇場、ゲーテの家、シラーの家、クラナッハの祭壇画があるヘルダー教会、バウハウス博物館、そしてワイマール公の城(美術館)でした。

写真はワイマール公の城の隣にあった公園の橋です。美術館の収蔵作品の質の高さもさることながら、とても気持ちのいい公園でした。

2009年1月31日土曜日

ドレスデン(8月22日)


写真はドレスデンの中心にあった共産主義時代の遺産。やはり旧東ドイツ、こういうのが残っている所が面白い。
ドレスデンは中心を少し離れると殺伐としていて人気も少なく、治安の悪そうな感じでした。夜なんかは絶対一人で出歩きたくないです。
とはいってもやはり歴史のある町。再建されたフラウエン教会やツヴィンガー宮殿は美しいものでした。

2009年1月30日金曜日

プラハ(8月19,20,21日)

私たちがプラハを訪れた8月20日は、奇しくも1968年にワルシャワ条約機構軍がチェコスロバキアに軍事介入したその日でした。
プラハの春が弾圧され、ちょうど40年ということで色々な催しが行われていました。広場で写真展示が行われていたり、博物館前で当時の様子が再現されていたり。軍事介入がどんなものであったのかその雰囲気を伺い知ることができました。



言わずと知れたF.O.ゲーリー設計のダンシングビル。ゲーリーの建築は07年にボストンで見たM.I.Tのステイタセンター以来二作目ですが、このダンシングビルはそのステイタセンターと比べ外観はかなり控えめでした。それもそのはず、歴史のあるプラハの町にステイタセンターのような明らまさな脱構築的外観は似合うはずもないでしょう。
賛否のある建築ですが、このダンシングビルがプラハにあることにより、プラハという町がよりいっそう魅力的になっていると思いました。
この旅では他にもベルリンで、同じくゲーリーが設計したDZ銀行も見ることができました。


私は写真のこの教会で聞いたシューベルトのアヴェ・マリアを生涯忘れないことでしょう。このヨーロッパツアーの手配はほぼ私一人でやっていたのですが、準備に半年以上かけたこの仕事が、このアヴェ・マリアですべて報われたような気がしました。教会に響き渡る歌声を聴きながら、私は自然と溢れ出る涙を止めることができませんでした。宗教音楽とは、救いとはこういうものなのでしょうか。

プラハはとても美しく、居心地のよい町でした。いずれまた訪れようと思います。

2009年1月29日木曜日

オシフィエンチム(8月18日)


 オシフィエンチムを訪れたのは、アウシュビッツ、ビルケナウ強制収容所跡をこの目で見るため。20世紀の負の歴史が凝縮しているような場所ですが、良くも悪くも観光地化していました。大勢の人が観光バスで訪れ、ガイドに連れられ見学し、また去っていく。多くの人がこの地を訪れるのは、歴史を学ぶことの重要性を知っているからこそなのでしょうが、私はそこに虚無感を感じました。おそらく私だけでなくここを訪れた多くの人が感じていることと思いますが。
 写真は、アウシュビッツ国際青年交流センター(IYMC)で見た内海信彦さんの作品。この作品からは、アウシュビッツで亡くなられた人々の声、その歴史を伝えてきた人々の思い、それら全てが凝縮され視覚を通じて体中に伝わってくる気がしました。

2008年10月31日金曜日

クラクフ(8月17日)


クラクフには一日しか居れませんでしたが、とても美しく歴史のある町で印象に残っています。町の教会にはスラヴ系、正教会系の装飾が施されていてとても興味深かったです。地理的にドイツとはとても近いですが、てゆーか隣ですが、文化的にはえらい違いです。




ここではもう一つ写真を載せておこうと思います。左の写真はクラクフにある旧ユダヤ人墓地で撮ったものです。この壁はユダヤ人たちの墓石で作られていました。ナチスがこのような愚行を行ったそうです。

2008年10月30日木曜日

ワルシャワ(8月15,16日)



写真は映画にもなった、ワルシャワ蜂起の時の「地下水道」入り口。旧市街は結構歩いたのですが、ここが50年前にナチスによって粉々に破壊された町だなんて想像できないくらい歴史が感じられる町でした。戦争の記憶が写真のように至る所に残されていす。
旧市街とは対照的だったのが新市街。かなり近代化されており、資本主義に負けましたという香りが町中に漂っていてそれもある意味面白かったです。